シニア・エンジニアの行く末|小さきアプリ屋の悩み

「小さきアプリ屋の悩み」小説版の1テーマが書き上がったので、先日、アルファポリスに投稿したのだが、ライトノベルが中心のサイトで、お気に入りを「3」も戴き、また、感想まで戴いて、大変に有り難く、感無量の思いだった。投稿した小説に感想を戴くなんて、初めての体験だったので。

第10回 | 小さきアプリ屋の悩み
www.alphapolis.co.jp

今回、第1回から第10回までにテーマとしたのは、「シニア・エンジニアの行く末」だ。

この小説は、私のこれまで15年弱のSE人生において、実際に遭遇した数々の事件の中から、シニア・エンジニアに纏わるものをベースに再構成した、フィクションだ。


シニア・エンジニアはどこへ行ったのか?

この15年弱、シニア・エンジニアと接する機会がほとんどなかった。同僚にもシニア・エンジニアはいなかったし、取引先にもいなかった。あれだけ居た若手・中堅のエンジニアたち。全員が管理職になって要職に就けるわけでは勿論ない。彼らはどこへ行ってしまったのだろうか。これはまさに、私の未来の姿でもあるのだ。

シニアに限らず、IT業界のエンジニアに対する評価は厳しい。モノが作れること。シビアに成果主義だからだ。モノが作れないエンジニアは必要ない。それは最早エンジニアではないのだ。

アルファポリスで、「Ittoh様」より以下の感想を戴いた。

 なかなかにシニアのお爺ぃに厳しいお話ですね。
 興味深いお話でした。ありそうな話ですが、皆さん優しいのですね。今の会社だと、もう少しシビアであるように思いますが、日本の小さな企業さんだと、まだ緩いのでしょうか。
 お爺ぃであれば、最初の段階で、土日に大川さんが、完成させることが不可能と判断します。一回目の大川さんの金曜日の段階で、継続させることは会社にとって、非常に危険なリスクでしか無いのではないでしょうか。継続させるにしても、金曜日の時点で、相手の会社には、月曜日の納品もできず、かなり遅れることを前提として、交渉をしておかなければ、会社のリスクが高くなり過ぎるのではないでしょうか。

 お爺ぃもたいした人間ではないですが、シビアに厳し過ぎるかもしれません。ご容赦くださいませ。

仰る通りで、私はまだマネージャーとして若く、会社のリスクが判断基準の第一ではなかった。私の精神はエンジニアで、その手で成果を挙げられないエンジニアを、とにかく許すことができなかった。

リスクを考えれば、問題が発覚した時点でヘルプを投入し、皆で助け合って問題を最小にすることに奔走し、責任問題は後回しにすべきだ。

だが私は、これまで、「助け合い」を一度たりとも経験したことがなかった。助けたことは勿論ないし、助けられたことも一度もなかった。

エンジニアとして、その手で仕込んだ不具合は、その手で修正しなければならなかった。その手が遅ければ、徹夜して休日出勤して、何十連勤もしてオンスケの状態を保たなければならなかった。

全ては己の責任で、全てはエンジニアとしてのスキル不足が責任で、誰かに転嫁できるようなことではない。これはある意味、エンジニアとしての譲れない矜持でもあったのだ。私はそうやってこのIT業界を生きてきたし、周囲の皆も、そうだった。

だから、その精神が挫けたとき、途端に精神を病んでしまう。責任感が強く真面目なエンジニアほど、業界から早々に去ってしまう。業界に残されたエンジニアたちは、良くも悪くも、それを乗り越えた猛者ばかりだ。

そんな若手・中堅を経験してきたシニア・エンジニアの行く末が、私には分からないのだ。何故、彼らがほとんどいないのか。シニアになる過程で何があったのか。それが、私が今回書いた小説のテーマだ。


能力の衰え、エンジニアとしての矜持

シニアになってしまえば、全盛期の能力を発揮できない。既に私の年齢で、それを本当に痛いほど痛感する。どんどん技術が衰えて、記憶も薄れていく。経験と知識だけではエンジニアとしては全くもって不十分だ。その手でモノを作り出せること。経験と知識が常に最新のトレンドで更新されること。それが求められるエンジニアの平時の状態だ。そこから溢れたら、もうエンジニアではないのだ。

小説に登場する大川さんがまさにそれだ。もう自分はエンジニアではない、それを現場で受け入れなければならない事態に直面する。それを素直に受け入れられるエンジニアは果たしているのだろうか。大川さんは言った、「悔しい」と。その言葉、私は全く無視できなかった。いつか、私も口にするのか、その言葉を。それが頭にこびりついたままだ。

エンジニアとして生きてきた半生。直面する能力の衰え。エンジニアではない、それは今日までの矜持が許さない。でも、彼らはいない。悔しいと言って、生涯、エンジニアとして、シニア・エンジニアとして生きられる人は、いないということなのか。


シニア・エンジニアの行く末

これはまさに私の未来の姿なのだと思う。現在の私は仕事の大半がマネージャー業だが、私は一生涯をエンジニアとして生きていたい。苦楽を共にした同僚のエンジニアたちと一緒に、死ぬまでエンジニアでいたい。エンジニアしかできない仲間たちが大勢いる。彼らはいつか、このままでは、私の知らないどこかへ行ってしまう。私は彼らのために、何よりも自分のために、シニア・エンジニアの行き先を作りたい。小説でも触れているが、それができていない。

私はこの数年、危機感と焦燥感でいっぱいで、生きた心地がしない。

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